ケ・サラ・サラ

生活の記録

やりたいことがわからないままに生きてきて

お誕生日週だ。今週は週をあげて自らのお祝いムードを満喫するつもりだ。誕生日当日の夜はみっちりとジムの予定が詰まっている。夫もそのことをわかっていて、じゃあとりあえず美味しい魚を食べに行こうとなった。新鮮な魚の数々と美味しい地場野菜を組み合わせたお料理の何もかもが美味しくてお酒をグビグビ飲んだ。トマトサワーにフレッシュなトマトの角切りがゴロゴロ入っていて、何杯もおかわりした。この日はジムで、スタジオ→ラン→プールとフルコースをやり尽くしたので全身がだる心地よく、渇いた体にトマトの瑞々しい果汁やビタミンやミネラルを余すところなく取り込んだイメージがあったが、それ以上にアルコールも洗いざらい存分に吸収した。

 

家に帰ると野村克也監督の追悼番組が放送されていた。いろいろなエピソードがチャーミングすぎる。破天荒さもチャーミングが上塗りされていて、時代もあったのだろうけど、そりゃ受け入れざるを得ないだろうと感心した。夫と、野村さんが嫌いとか苦手とか…ネガティブに思う人ってあんまりいないよね、野球や仕事・プライベートに深く関わりのあった人はまた違うかもだけど、世間的にはすごく人気があったし、なんとなくみんなが野村さんの言動には温かい気持ちで注目してたよね、という話をした。野村さんのどのコメントも愛に満ちてたし、批判にも逃げ場を設けてたし、のらりくらりと見せかけて揺るぎない信念と優しさが滲み出ていたなーとしみじみ思い返した。

 

北欧暮らしの道具店のポッドキャストを繰り返し聴いている。第51夜は、「みんなの進路相談室。やりたいことが分からないときの処方箋」というテーマだ。自分のことはもちろん子どものこれからのことにも重ね合わせて、改めてそうだなーと思ったり、なるほどーと思ったり、感じ入ることが多い。

私はやりたいことがずーっと見つからずに、その時その時流されるように生きてきた。人生の後半になっても、ともすると私のやりたいこととは…?と考えがちだった。今さらだけど。目標や、なりたい職業や、やりたいこと、好きなこと、ずっと続けたいこと…などなど軒並み見失ったまま時を重ねてきた。やりたいことを見つけ、好きなことを仕事にしたり、なにかをずっと続けてるひとに憧れを持ち続けていたような気がする。

唯一子育てだけが、当たり前ではあるけれど、関心を失わず挫けそうになりながらも踏んばって続けることができた。それ以外のことは本当に本当にダメダメだった。それまで挫折して逃げ出してきたすべての学習が子育ての中にあり、向き合うしかなく、自らが招いたことだけど辛く厳しい時間だった。子どもが成人して心からしみじみと(大変だったけど、ここまでなんとかなったなあ…)といちいち感慨深く噛みしめてしまい、感動に終わりがない。

今、家族も私も健康で、狭いけど住み慣れた快適な住まいがあり、大変だけどやりがいのある仕事を持っていて、ジムに毎日通い運動に夢中になっている。深刻な悩みもなく、気持ちの上下はもちろんあるけど、概ね機嫌良く笑って過ごしている…。気づいたら自分がそういう状態であることが、回り道をしながらも生活を続けてきた積み重ねなのだと考えると、結果オーライなのでは…。少し前にそう感じたことと同じような意味合いの話を北欧暮らしの道具店の佐藤店長とよしべさんが語っていた。目標ややりたいことが見つからなくても、どうなりたいか、この先どういう状況で自分がいたいかをイメージして出来ることをやる。やっていく内に気づくこともある。そういう話が心に響く回だった。

 

私が長いこと宙ぶらりんで生きていたにも関わらず、息子は好きなことを続け、夢中になり、朧げながらもこの先やりたいことがあり、素晴らしいことだ。何度も書いたけど有り難さしかない。

 

リタイアするまでにはもう少し時間があって、できることを機嫌良く、楽しみなことは存分に楽しんで、毎日の生活を積み重ねていくしかない。毎年、お誕生日週だー!とはしゃいでいられるって最高のゴールじゃん。

 

…すごい今見つけてしまったのでは…!