ケ・サラ・サラ

生活の記録

ときめきとテーマの頃

電車や駅で、街中で、素敵なお洒落な同世代の女性を見かける。その雰囲気やセンスにはっと目を奪われる。

私はファッションやスタイルに関してはずっと右往左往しっぱなしだ。そろそろ落ち着きたいと思っている。個性が確立しているひとにとても憧れがある。

 

昨日も降り立った駅のホームで素敵な女性の姿が目に飛び込んできた。

限りなく白に近い薄いグレー地にそれよりほんの少しだけ濃いグレーのチェック柄のカットソー、芥子色の長いスカート、肩に羽織ったカーキのカーディガン、薄いグレーのリネンの靴下、白いスニーカー。ありそうでなかなかない程よい大きさの使いやすそうな帆布のトート、鮮やかな黄色の小さな巾着を手首にかけていた。襟足のあたりでゆるくまとめられた髪、涼しげなきれいな色が混ざりあったキューブの小さな髪留め。ホームから改札まで吸い寄せられるように熱い眼差しを向けて歩いた。

ひとつひとつがきちんと吟味されているなあ。

 

 

少しずつ身の回りのものを処分しているが、ときめきを理由に大事にしまい込んでいる洋服たちの存在が重い。ときめきがあっても身につけると違和感や居心地の悪さを感じる。気持ちが上向くことがない。わかってはいるのだけど、思い入れを重視して先延ばしにしてきた。そろそろ本気出さなくちゃ。身軽にならないと。気分が上がる心地よくなるものだけを残して軽やかにになろう。良い季節に向かうし。

素敵なひとを見かけるともれなくこんな気持ちになる。こういう変わらなさを他のところで発揮したい。

 

 

きちんと好きなものを選んで身につけるって意外と難しい。イメージと同じようでも実はちょっと違うというところで折り合いをつけがちだ。

夫と息子は完全に好きなもの気に入ったものしか身につけないので感心する。妥協のない選択眼をいまさらだけど見習わなくては。

暮らしや生活も身体と同じように削ぎ落とし整えよう。

 

などとこの時期いつも考えている気がする。