今からサラリ堂

ジムとプールと英語とごはん

待つ。

うし子です。にゃーん。

 

何かを待っている状況、「待ち」の状態が苦手でした。

 


現れるのを待つ、届くのを待つ、指示や判断を待つ、順番がくるのを待つ、連絡や電話を待つ、雨が止むのを待つ…待つにもいろいろありますね。そして意に反して待たされている場合と、自分の意思で待っているという違いもあります。

 


待ちの状態が苦手だったのは

いつまで待つかわからない

どんな結果になるかわからない

という、自分がコントロールできない状況が続くから。

そして、いつまで待つのかその結果はどうなのかということを考えているとなんとなくネガティブな方向に気持ちが向いてしまいます。そういう心理状態についつい陥りがちになることも、待ちの状態にあることが苦手な一因でした。

 

 

 

子供ができ、そして育てるようになり、それは信じられないほど「待つ」の連続でした。

わかるようになるまで待つ、出来るようになるまで、気づくようになるまで待つ。未熟な私には苦しい日々でした。待てない時もありました。子供と一緒に行きつ戻りつしました。

待つを学んだなー学ぶ日々だったなーと思い出されます。

子供がある程度大きくなるまで、リハビリをするように段階をふみながら、練習をしたように思います。

 


相手を信じること。自分のコントロールが及ばない時、結果をもたらすひとを信頼すること。

そして自分のことも信じる。自分に自信を持つ。自信を持てるように備えておく。じりじりするのではなく、やるべきことをやって自分を信じてゆったりとのんびりと待つ。そういう「待ち」をしていたいなあと思います。

信じることができればネガティブにふれることも、全くなくはないけど、控えめにはなりますよね。

 


そしてもうひとつ心掛けてること。それは待つことにではなく待っていることの「その先」にフォーカスして過ごすこと。先の楽しみやうれしい結果、そうなったらどんな風にしようとか、どう過ごそうとかを思い浮かべるようにしています。時折不意に現れる思考の癖を振り払いながら、楽しいことをイメージして、ノートに書いたりしていると、だんだんと待つことも悪くないなと思えるようになりました。

 

 

これから歳を重ねると今度は自分が待ってもらう時が訪れるのだろうと考えると、その時にこそ「待つ」を理解するのだろうなと思います。

 

今日は息子の大学のフェスにやってきました。

お笑いライブで、おかずクラブ、西村ヒロチョ、チョコレートプラネットのステージを観てお腹をかかえて大笑いしました。芸人さんってすごいなーとちょっと感動したりして、良い時間でした。

このあとは中夜祭のステージで息子が踊るので、長い列に並びながら今、楽しく待っています。