今からサラリ堂

ジムとプールと英語とごはん

下書き

うし子です。にゃー。

 

ブログもそうだけど、仕事で使うメールソフトのフォルダにもたくさんの下書きが溜まっている。

ブログの下書きはいつか手を加えられて日の目を見る可能性がある。しかしメールの方はそうではない。

 

メールの下書きの中には、送るつもりで予め準備した内容をそのままコピーして送信し、オリジナルが残っている という状態のものもあるけど、ほとんどの下書きはずっと下書きのままで、もう誰かに送られることはない。誰の目にも触れることがないものだ。

 

私のメールの下書きフォルダの中に残っている多くは、私に何かを依頼してきた人への質問だ。そしてその中の私は若干お怒りモードである。

驚異のタイトスケジュールだったり、依頼内容があやふやだったり二転三転していたり…することへの確認。そして至急の依頼なのに不備があること、誤認識があること、デリカシーのなさへのやんわりとした問いかけの向こうにうっすらと透かした、私だけに見える(前にも言ったよね…理由も説明したし…何回もクレームきたこと忘れたのかな…まさか終わってから修正してなんてないよね?ないよね?時間ないんだよね?んぁあ?)というプンスカ。

 

メールの本文を何度か読み返して、自分の理解や指摘がおかしくないことをチェックし、もう一度依頼のメールとそれに添付された文書を見る。落ち着くまで眺める。

そして自分の書いたメールを一旦下書きに入れて、スケジュールにどうにか間に合わせることが出来そうだ、なんとかやれそうだと思えれば取り掛かり、依頼内容がはっきりしないものは、優しくちょっと何言ってるかわからない…と直接尋ね、それ以外は力づくでどうにかする。やってみる。どうしても無理なものはスキップし最後にまとめて確認する。それくらいの時間は大抵あるものだ。保険社会。

 

私もいい大人なので、不要な誤解や確執の原因にならないように書いてはいるけど、落ち着いて読み返すとその淡々とした中に別の意味を感じ取る可能性はなくはないなと思う。

「夜書いた手紙は出すな」とよく言われるけど「最初のメールは出すな」も私の中では約束事となっている。

 

そんな下書きを一気に削除した。

もうすぐ夏も終わる。